第七夜 池袋 ① 深夜の店の面接試験

池袋は帰り道ということもあり、よく訪れるエリアだ。

一人で飲み歩くことにも慣れ、スナックという世界にも抵抗がなくなってきた40代前半の頃の話。

ある夜、何度か訪れたことのある雑居ビルの2階のスナックへ足を向けた。

ところが、店の名前が変わっている。

戸惑いながら扉を開けると、そこには50代後半くらいの元気なママがいた。

カウンター席に腰を下ろし、ママと軽く世間話をしながら酒を飲んだ。

その日は他に客はなく、オレは気楽にグラスを傾けていた。

 

しばらくすると、店のドアが開いた。

入ってきたのは、いかつい風貌の男性だった。

年の頃は50代半ばだろうか、がっしりとした体格に、パンチパーマが印象的だ。

彼は無言のままカウンターの中へ入ると、オレを一瞥し、特に興味もなさそうに視線を逸らした。

ママがオレを手のひらで差しながら、その男性に言った。

「マスター、今日初めて来てくれた人で…」

男性は興味なさそうに「そうか」とだけ。

これが後に長い付き合いとなるクラさんとの出会いだった。


最初の印象は正直、怖かった。

そろそろ帰ろうかと考えていたところ、ママが 「このあとはマスターの時間になるけど、まだやってるから飲んでいって」と言い残し、店を出て行った。

仕方なく、オレはもう少し飲むことにした。

店内には沈黙が続き、クラさんは黙々とグラスを洗いながら、「あいつ、またグラス洗ってねえよ」と独り言のように愚痴をこぼしている。

オレは話しかけるタイミングもつかめず、ただ静かに酒を飲んでいた。

しばらくすると、クラさんがぶっきらぼうに聞いてきた。

「池袋、よく来んの?」

「はい。家が東上線沿いなので」

「あ、そう」

それから断片的にクラさんから、たまにオレから話しかけ、その他は相変わらず沈黙の時間だった。  

30分ほどして、オレは席を立った。

帰りがけ、クラさんは

「この店、もうすぐ移転するんだよ。またそっちに来なよ」と言った。
あれ?また来てもいいんだ、という不思議な気分だった。


それから1ヶ月ほど経って、クラさんから教えられた新しい店に行ってみた。

劇場通り池袋郵便局の交差点近くにある雑居ビルの4階。

店に入ると、あの時のママがいた。

今度の店はボックス席がなく、8席程度のカウンターだけ。

21時から2時間ほど飲んで23時になると、クラさんが入ってきた。

「来たのか」と短くクラさん。

「はい、来てみました」とオレ。

どうやら23時になると、ママは帰り、マスターであるクラさんの時間になるらしい。

「そろそろ終電なので」と立ち上がろうとすると、クラさんが「もう少し飲んで行けよ」と言う。

オレは終電をあきらめ、飲むことにした。

 

時計の針が0時をさす頃になると、若い女性が入ってきた。

「パパ、ビール」その若い女性がクラさんに向かって言う。

「おまえ、今日けっこう飲んできたな」

「今日は誕生日の子のヘルプで付いたからさ」

そんなやりとりが続き、そのうち、ひとり、またひとり。

お店終わりの女性が次々と入ってきた。

なるほど、マスターの時間はこういう感じなのか。

オレとの時間とは打って変わり、クラさんは愛想よく接客していた。

隣に座った女性が、オレのグラスが空いているのを見て、水割りを作ってくれようとする。

「あ、いや・・・。すみません」

戸惑うオレを見ながら、クラさんが

「いいよ、作ってもらいな」

それから、クラさん、女性たちと話しながら夜は更けていった。

帰りがけ、クラさんは笑いながら言った。

「また、オレの時間にも来なよ」

なんだか、謎が解けた。

最初の時は面接だったのだ。

ここは、0時を超えると、仕事終わりの女性たちが集うスナック。

女性たちにちょっかいを出したり、泥酔したりする客は困るのだ。

逆に当たり障りなく、女性たちと話せる男性客は、クラさんにとっても悪い客じゃない。

最初の夜、きっとクラさんはオレの飲み方を観察していたのだろう。

なかなかバーの高い、タフな面接だったな。